麹 (こうじ) とは、蒸した米に麹菌 (黄麹菌、学名 Aspergillus oryzae) を繁殖させたもので、日本酒造りでは米のでんぷんを糖に変える酵素の供給源です。酵母は米のでんぷんを直接アルコールにできないため、麹がなければ日本酒は造れません。「一麹二酛三造り (いちこうじ・にもと・さんつくり)」と言われるように、酒造りで最初に、最も大切にされる工程です。

麹という言葉は味噌や醤油、甘酒でも使われますが、日本酒の麹は「米麹」で、しかも酒造り専用の造り方をします。この記事では、麹が何をしているのか、約 48 時間の製麹 (せいきく) の流れ、吟醸酒と純米酒で麹の造り方がどう違うのか (突き破精と総破精)、そして麹が味に与える影響を順に見ていきます。

麹の位置づけ: 蒸米の次、酒母の前

工程麹との関係
蒸米麹の原料。外硬内軟に蒸した「麹米」を使う → 蒸米とは?
麹造り (製麹)蒸米に種麹を振り、麹室でおよそ 2 日かけて育てる
酒母麹・蒸米・水・酵母で酵母を増やす。麹の糖が酵母の餌になる → 酒母とは?
醪三段仕込みの各段で麹を入れ、糖化と発酵を同時に進める → 醪とは?

全体の流れは 日本酒の製造工程完全ガイド にまとめています。

麹は何をしているのか: 3 つの酵素

麹菌は米の上で育ちながら、さまざまな酵素を作って米の中へ送り込みます。酒造りで重要なのは次の 3 つです。

酵素働き酒質への影響
α-アミラーゼでんぷんを大きく切り、溶けやすくする (液化)米の「溶け」を左右し、ボディの量を決める
グルコアミラーゼでんぷんの端からブドウ糖を切り出す (糖化)酵母の餌。甘さと発酵力の源
プロテアーゼ (たんぱく分解酵素)米のたんぱく質をアミノ酸に分解する旨味の元。多すぎると雑味・色の原因にもなる

酵母はブドウ糖をアルコールと炭酸ガスに変えますが、でんぷんそのものは食べられません。麹が糖を作り、酵母が糖を使う。この分業が同じタンクの中で同時に進むのが、日本酒特有の 並行複発酵 です。

麹菌 (種麹) とは

酒造りに使う麹菌は、味噌や醤油と同じ黄麹菌 (きこうじきん) の仲間で、酒造用に選抜された株です。蔵は麹菌を自分で培養せず、「種麹 (たねこうじ)」または「もやし」と呼ばれる胞子の粉を種麹屋から購入します。種麹屋は室町時代から続く専門業者で、現在も数社が日本中の蔵に供給しています。焼酎で使う白麹菌・黒麹菌はクエン酸を多く作る別の種類で、日本酒では通常使いませんが、近年は白麹を日本酒に取り入れて酸の強い酒を造る蔵も現れています。

製麹 (せいきく) の流れ: およそ 48 時間

麹造りは、湿度と温度を高く保った「麹室 (こうじむろ)」で 2 日前後かけて行われます。作業名は蔵によって多少異なりますが、おおむね次の順です。

時間の目安作業内容
0 時間引き込み30℃台に冷ました蒸米を麹室に運び込む
直後種切り (種付け)蒸米の上に種麹を薄く均一に振る。量は米の 0.1% にも満たない
〜1 時間床もみ種麹を米全体に揉み込み、ひとまとめにして布で包み保温する
10〜12 時間切り返し固まった米をほぐして温度と水分を均一にする
20〜24 時間盛り麹菌の繁殖で温度が上がり始めた米を、麹蓋 (こうじぶた) や箱に小分けにする
30 時間前後仲仕事広げて熱を逃がし、再び積む
36〜40 時間仕舞仕事最後の手入れ。表面に溝を切って温度と水分の抜けを調整する
44〜48 時間出麹 (でこうじ)完成した麹を麹室から出し、広げて冷ます (枯らし)

麹菌の繁殖は発熱を伴うため、放っておくと品温は 40℃を超えてしまいます。蔵人は 2〜3 時間おきに麹室に入り、米を広げたり積んだりして温度を 30℃台前半から 40℃台前半の狙った曲線に乗せていきます。夜中も続くため、麹造りの期間は蔵人が麹室の隣で寝る蔵もあります。

蓋麹・箱麹・機械製麹

小分けの単位によって、1.5kg ほどの小箱に分ける「蓋麹法 (ふたこうじ)」、15kg 前後の箱に分ける「箱麹法」、床の上でまとめて管理する「床麹法」があります。蓋麹は手間がかかりますが細かい調整ができるため、大吟醸などの上位酒で使われることが多い方法です。一方、温度と湿度を自動制御する「製麹機」も普及しており、安定した麹を大量に造るのに向いています。

突き破精と総破精: 吟醸と純米で麹は違う

麹菌の菌糸が米にどう広がったかを「破精 (はぜ)」と呼び、その入り方で麹のタイプが分かれます。

タイプ菌糸の広がり酵素の性格向く酒
突き破精 (つきはぜ)米の表面にはまだらに点々と現れ、内部へ深く食い込む糖化力が強く、たんぱく分解は控えめ。溶けは穏やか吟醸酒・大吟醸。すっきりと香り高い酒
総破精 (そうはぜ)米の表面全体を菌糸が白く覆い、内部にも広がる酵素量が多く、よく溶ける純米酒・本醸造・生酛系。旨味と幅のある酒

吟醸酒では、米を溶かし切らず、酵母にゆっくり糖を供給して低温で長く発酵させたいので、突き破精の麹を狙います。そのために外硬内軟の蒸米を用い、麹室の湿度を低めに管理して菌糸を内部へ向かわせます。逆にしっかりした旨味を求める純米酒や、乳酸菌と酵母を自然に育てる生酛では、酵素の多い総破精が選ばれます。「どんな麹を造るか」は、杜氏が酒質を設計する最初の決断です。

麹が味に与える影響

  • 甘さと辛さ: 麹の糖化力と酵母の発酵力のバランスが、酒に残る糖の量を決めます。糖化が勝れば甘口に、発酵が勝れば辛口に寄ります。→ 日本酒度とは?
  • 旨味と雑味: プロテアーゼが多いとアミノ酸が増え、旨味もコクも増しますが、過ぎると重さや色、老香 (ひねか) の原因になります。
  • 香り: 吟醸香そのものは酵母が作りますが、酵母が香りを出しやすい「低温でゆっくり糖が供給される環境」を作るのは麹です。
  • 燗との相性: 総破精の麹で造った旨味の多い酒は、温めると味が開きやすい傾向があります。→ 燗酒とは?

一麹二酛三造りとは

酒造りで大切な順番を表した昔からの言葉です。一番が麹 (麹造り)、二番が酛 (酒母造り)、三番が造り (醪の管理)。麹の出来が悪ければ酒母も醪も立て直せないという意味で、現代の蔵でも合言葉のように使われます。麹の次に大切な酒母については 酒母とは? を参照してください。

ラベルや蔵元の説明で麹に関わる言葉

言葉意味
米麹原材料名に書かれる麹。すべての清酒に含まれる
麹米 / 掛米麹にする米と、醪に直接入れる米。「麹米: 山田錦、掛米: 五百万石」のように分けて書く蔵もある
麹歩合総米に対する麹米の割合。20% 前後が一般的で、特定名称酒は 15% 以上と定められている
蓋麹 (ふたこうじ)小箱で手間をかけて造った麹。上位酒の説明に出てくる
白麹仕込み焼酎用の白麹菌を使い、クエン酸由来の強い酸味を出した酒

こんな人におすすめ

  • 「一麹二酛三造り」「突き破精」「蓋麹」といった言葉の意味を確かめたい人
  • 酒蔵見学で麹室の説明を聞く前に、何が行われているか知っておきたい人
  • 吟醸酒と純米酒で味が違う理由を、原料や精米だけでなく工程から理解したい人

よくある質問

麹とは何ですか?

蒸した米に麹菌を繁殖させたものです。麹菌が作る酵素が米のでんぷんを糖に、たんぱく質をアミノ酸に分解し、酵母が働ける環境を作ります。

麹と酵母は違いますか?

違います。麹はカビの一種である麹菌が米に育ったもので、糖を作る側。酵母は糖をアルコールに変える微生物です。両方がそろって初めて日本酒ができます。

麹造りにはどれくらいかかりますか?

およそ 48 時間 (2 日) が一般的です。麹室で温度と湿度を管理しながら、数時間おきに手入れをします。

突き破精と総破精の違いは?

菌糸が米の内部へ点々と食い込むのが突き破精 (吟醸向き)、表面全体を覆うのが総破精 (純米・生酛向き) です。狙う酒質によって造り分けます。

麹は体に良いのですか?

甘酒や塩麹などで麹の健康効果が話題になりますが、日本酒は発酵と搾りを経た酒類であり、麹そのものを食べるのとは別の話です。本記事では酒造りの工程としての麹のみを扱っています。

出典・参考

  • 国税庁「酒のしおり」「清酒の製法品質表示基準」
  • 日本酒造組合中央会「日本酒の基礎知識」
  • 独立行政法人 酒類総合研究所「清酒製造技術」関連資料

次に読む

まとめ

麹は、蒸米に麹菌を育てて酵素を作らせ、米のでんぷんを酵母が使える糖に変える工程です。約 48 時間の製麹の間、蔵人は数時間おきに温度を整え、吟醸なら突き破精、純米や生酛なら総破精と、狙う酒質に合わせて麹を造り分けます。「一麹二酛三造り」の筆頭に挙げられるのは、ここで決まった酵素の性格が、酒母・醪を通して最後まで酒の骨格を支えるからです。