並行複発酵 (へいこうふくはっこう) とは、麹の酵素が米のでんぷんを糖に変える「糖化」と、酵母が糖をアルコールに変える「発酵」が、同じタンクの中で同時に進む発酵方式です。日本酒の醪 (もろみ) で起きている現象で、糖が溜まりすぎないまま供給され続けるため、蒸留をしない醸造酒としては世界で最も高い 18〜20% 前後のアルコール度数まで発酵が進みます。

ワインはブドウの糖をそのまま発酵させ、ビールは麦芽を煮て糖化を済ませてから発酵させます。日本酒だけが、糖化と発酵を「同時に、同じ場所で」進めます。この違いが、日本酒の高い度数、豊かな旨味、そして温度管理の難しさを生んでいます。この記事では、三つの発酵方式の違い、醪の中で何が起きているか、なぜ度数が高くなるのか、杜氏がどうバランスを取るのかを順に整理します。

3 つの発酵方式を比べる

方式糖化発酵代表的な酒到達するアルコール度数の目安
単発酵不要 (原料に糖がある)酵母がブドウ糖を直接発酵ワイン、シードル、蜂蜜酒10〜15%
単行複発酵先に行う (麦芽の酵素で煮て糖化)糖化が終わった麦汁を発酵ビール、ウイスキーの原酒4〜9% (ビール)
並行複発酵発酵と同時 (麹の酵素)糖化と並行して進む日本酒、中国の黄酒 (紹興酒など)18〜20% (日本酒の原酒)

「複発酵」とは、でんぷんを糖に変える段階 (糖化) を経てから発酵する酒のことです。ビールはその糖化と発酵を順番に (単行) 行い、日本酒は並行して行います。なお、並行複発酵は日本酒だけの技術ではなく、麹の代わりに「曲 (きょく)」というカビの塊を使う中国の黄酒も同じ方式です。日本酒の特徴は、この方式を米麹と清酒酵母で、しかも低温で精密に制御している点にあります。

醪の中で起きていること

役者働き必要なもの
麹 (の酵素)蒸米のでんぷんをブドウ糖に分解する (糖化)蒸米が溶けること、適度な温度 → 麹とは?
酵母ブドウ糖をアルコールと炭酸ガスに変える (発酵)。香り成分も作る糖、酸性の環境、低すぎない温度 → 酒母とは?
蒸米糖の原料。少しずつ溶けて麹の酵素に分解される外硬内軟に蒸されていること → 蒸米とは?
水溶媒。酵素と酵母の働く場ミネラルの量で発酵の速さが変わる → 仕込み水とは?

三段仕込みで原料を加え終わった醪では、蒸米がゆっくり溶け、溶けた分のでんぷんを麹の酵素が糖に変え、生まれた糖をすぐ酵母が食べてアルコールにする、という流れが数週間続きます。詳しい日数と泡の変化は 醪とは? にまとめています。

なぜアルコール度数が高くなるのか

糖が「溜まらない」から酵母が弱らない

ビールの麦汁のように最初から糖が高濃度にあると、浸透圧で酵母に負担がかかり、発酵は途中で止まりがちです。日本酒では糖が作られた分だけ消費されるので、醪の糖濃度は常に低く保たれ、酵母は無理なく働き続けられます。

清酒酵母がアルコールに強い

清酒酵母は長い選抜の中でアルコール耐性が高くなっており、20% 近い濃度でも活動を続けます。ワイン酵母の多くは 15% 前後で働きを弱めます。

低温で長く発酵できる

糖化と発酵を同時に進めるには、酵母が増えすぎず、麹の酵素も働ける 6〜15℃程度の温度が必要です。低温でゆっくり進むぶん発酵期間は 3〜5 週間と長くなりますが、その間に酵母が吟醸香などの香り成分を作ります。

搾る直前の醪は 17〜20% 前後のアルコールになり、多くの市販酒はここに加水して 15〜16% に整えます。加水しないのが 原酒 です。

並行複発酵がもたらす味の特徴

  • 旨味 (アミノ酸): 麹の酵素が米のたんぱく質を分解し続けるため、ワインやビールよりアミノ酸が多くなります。これが日本酒のコクであり、過ぎれば雑味になります。
  • 複雑な酸: 酵母が乳酸・コハク酸・リンゴ酸などを作り、味を引き締めます。→ 酸度とは?
  • 甘辛の幅: 糖化が勝れば甘口、発酵が勝れば辛口。同じ原料でもバランス次第で甘口から超辛口まで造り分けられます。→ 日本酒度とは?
  • 香り: 低温長期発酵で酵母が作るエステル類が吟醸香になります。→ 吟醸酒とは?

杜氏はどうバランスを取るのか

並行複発酵の難しさは、糖化と発酵の速さを揃えることにあります。糖化が速すぎると糖が溜まって甘く重い酒に、発酵が速すぎると糖が足りず酵母が疲れて雑味が出ます。杜氏が使う主な調整手段は温度です。

状態対応
糖化が先行 (甘くなりすぎる)醪の温度を上げて酵母を活発にする、または酵素の多い麹を避ける設計に戻す
発酵が先行 (糖が足りない)温度を下げて酵母を抑え、米が溶ける時間を作る
狙いの日本酒度・アルコールに到達温度を下げて発酵を止め、上槽へ → 上槽とは?

毎日の分析値 (日本酒度・アルコール・酸度) を折れ線にして進み方を読むのが「BMD 曲線」で、蔵の造り手はこれと泡の様子、きき酒を合わせて判断します。1℃の温度差で酒質が変わると言われるのはこのためで、杜氏の経験が最も問われる場面です。→ 杜氏とは?

身近な例で言えば

並行複発酵は、「材料を切る人」と「調理する人」が同じキッチンで同時に働いている状態に近いです。切った分 (糖) をすぐ調理 (発酵) するので、まな板に材料が山積みになりません (糖が溜まらない)。ビールは全部切ってから調理を始めるので、最初に材料が山積みになります。この違いが、最後にできる料理の量 (アルコール度数) の差につながります。

こんな人におすすめ

  • 「並行複発酵」という言葉を蔵元の説明や酒造りの本で見て、何が特別なのか知りたい人
  • 日本酒がワインやビールより度数が高い理由を説明できるようになりたい人
  • 麹・酒母・醪の記事を読んだあと、それらがどうつながって酒になるのかを一枚でつかみたい人

よくある質問

並行複発酵とは何ですか?

麹の酵素による糖化と、酵母によるアルコール発酵が同じタンクで同時に進む発酵方式です。日本酒の醪で起きています。

単行複発酵との違いは?

単行複発酵 (ビール) は糖化を先に済ませてから発酵します。並行複発酵 (日本酒) は糖化と発酵を同時に進めます。

日本酒だけの技術ですか?

いいえ。中国の黄酒 (紹興酒など) も並行複発酵です。日本酒の特徴は、米麹と清酒酵母を使い、低温で精密に制御する点にあります。

なぜ日本酒は度数が高いのですか?

糖が作られた分だけ消費されて溜まらず、酵母に負担がかからないこと、清酒酵母のアルコール耐性が高いことが理由です。搾る前の醪で 18〜20% 前後に達します。

並行複発酵はどの工程で起きますか?

醪 (本発酵) の中です。酒母の段階でも小規模に同じことが起きています。

出典・参考

  • 国税庁「酒のしおり」
  • 日本酒造組合中央会「日本酒の基礎知識」
  • 独立行政法人 酒類総合研究所「清酒製造技術」関連資料

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まとめ

並行複発酵は、麹の糖化と酵母の発酵を同じタンクで同時に進める方式です。糖が溜まらないため酵母が弱らず、醸造酒で最も高い 18〜20% 前後まで発酵が進み、旨味と香りの豊かな酒になります。ワイン (単発酵)、ビール (単行複発酵) との違いを押さえれば、日本酒の度数・旨味・温度管理の難しさがひとつの理由でつながります。