「やっぱり、その入り口をどう作っていくかっていうのが大事なんじゃないかなと」
半世紀近く吟醸酒を広めてきた団体のトップは、インタビューの中で何度も「入り口」という言葉を使った。
10月17日(土)・18日(日)に東京・浜松町で開かれる超吟醸祭2026は、日本吟醸酒協会とSIPORYが共に作る日本酒イベントだ。開催を前に、同協会の6代目理事長を務める島崎健一氏(島崎酒造)に話を聞いた。吟醸酒の魅力とは何か。約45年続く協会は何を目指してきたのか。そして、日本酒をまだ飲んでいない人に、どう届けるのか。
吟醸酒は「日本酒の魅力が詰まった基本形」
──理事長自身が考える、吟醸酒ならではの魅力とは何でしょうか。
「吟醸酒には、日本酒の中での新しさ、幅広く受け入れやすいところ、逆に初めて飲まれる方にとっての驚きもあります。やっぱり日本酒の魅力がたくさん詰まった、本当の基本形の飲み物かなと考えています」
──吟醸酒が生まれたのは、日本酒の歴史の中では新しいのでしょうか。
「もともとは鑑評会(各地で開かれる日本酒の品評会)向けの造りとして、吟醸の技術自体はかなり古くからあったと思われます。ただ、それが市場で受け入れられて流通し始めるまでには、ずいぶん時間差があった。うちの協会ができた45年ほど前は、ちょうど吟醸酒が少しずつ盛り上がりを見せ始めて、ここから市場を作っていこうか、というタイミングだったんじゃないかと思いますね」
日本吟醸酒協会の設立は1981年。全国の蔵元有志が集まって生まれた。今でこそ店頭に当たり前に並ぶ吟醸酒だが、当時はまだ特別な存在だった。現在の特定名称(純米大吟醸・大吟醸などの区分)が整う前から、「吟醸酒」という呼び名で鑑評会は行われていたという。
「広める」から「面を広げて、個性を乗せる」へ
──45年の間に、協会の目的や考え方は変わってきましたか。
「おかげさまで、米を磨いたお酒が市場に当たり前に流通して、どこかで飲まれるようになりました。それでも、日本酒というジャンルも、その中の吟醸酒も、まだまだ知られていない部分がたくさんある。吟醸酒は最初の接点として非常に受け入れやすい酒質です。だから我々が一方的に『広める』というより、吟醸酒の面を広げると同時に、各メーカーの個性もそこに乗せていく。そういう機能をもっと強化していかなければと思っています」
新しい日本酒は「入り口」を広げてくれる
近年は、制度上「日本酒」と呼べるかどうかの境界にあるような、新しいスタイルのお酒も次々に生まれている。協会としてこの動きをどう見ているのか。
「時代とともに変化していく部分もあっていい。それがあって、王道があって、ということじゃないでしょうか。飲み手としては面白いものがたくさん出てきていますよね。我々の吟醸酒も、かつてはそうだったと思うんです。レギュラー酒ばかりのところに、フルーティーですっきりしたものが出てきて、『これはなんだ』と。同じように、いま新しいものが出てきている」
「ジャンルのスタイルを広げて、入り口を広げて、そこから王道ラインに入ってきてもらう。入り口が広がっている、というふうにも考えられるんじゃないかと。それがないと、きっと入ってきてくれない。飲むきっかけになればいい。日本酒業界は、そこを拒否するような部分はあんまりないんじゃないかなという気がしますね」
若い層へは「20代狙い撃ち」より、30代・40代
──日本酒に関心のない層、若い層への届け方はどう考えていますか。
「長年、業界も取り組んできたけれど、なかなかうまくいっていない部分があった。最近は、お酒のイベントもファッション性があったり、いろんなコラボがあったり、お酒以外の要素で引き込めるものが出てきて、少し変わってきたなと見ています」
「ただ、『20代に向けて』というやり方だと、なかなか進まない気もします。むしろ30代・40代──他のアルコールをたしなみながら、まだ日本酒を飲んでいないような方にスポットを当てられると、広がるスピードも規模も、ぐっと大きくなるんじゃないかという気がしますね」
──たしかに、二十歳のころに日本酒を飲んで「これを味わえる歳はいつになるんだろう」と思った記憶があります。
「その体験がどこかに残っていて、次のステップで入りやすくなっていくといい。我々の時代は、最初に飲む日本酒はレギュラー酒で『ああ、日本酒か』というところでした。でも今の若い方が最初に飲む日本酒は、うまく接点が作れれば『こんなにおいしいものがあるのか』になる。世の中においしい日本酒が本当にたくさんあるので、昔とはイメージも楽しみ方も違うんじゃないでしょうか」
最初のハードルは高い。越えた先は、高くない
──吟醸酒は製法が定義されているぶん「何をしてきたか」が分かる一方、それ以上の違いは見えづらい。どう伝えればいいのでしょう。
「そこが悩ましいところだと思いますよね。同じお米で造っているというのが、楽しみでもあり、すごさでもあるんだけど、伝えづらい部分も正直あるかもしれない。『お米の品種で味わいが変わりますよ』と言っても、すぐに理解いただけるかというと……」
「だからこそ、イベントであったり、飲食店での飲み比べであったり。そこが楽しさであり、日本酒の面白さでもある。入ってきていただければ、そこにたどり着くんです。『これ飲んで、次これ飲んでみようか、こんなのあるんだ』と入ってきていただければ、すごく楽しいジャンルだと思いますけどね」
──最初のハードルが高すぎるだけで、入ってしまえば実はそんなに高くない。
「そうですね。だからやっぱり、その入り口をどう作っていくかが大事なんじゃないかなと」
超吟醸祭の意義──「素直においしい」の声が聞けるイベント
協会は約45年、東京だけでなく大阪・札幌、ときには福岡や名古屋でも試飲イベントを重ねてきた。ただ、来場するのは日本酒ファンが中心だったという。今回で4回目の開催となる超吟醸祭は、その構図を変える試みだ。
「今までのお客様は一番大事な、本当に大事なお客様です。でも、新たなお客様に伝える機会を増やしていかなければならない。今回もコラボをして、私たちだけのお客様ではなく、コラボした先のジャンルに興味のあるお客様にも来ていただいて、その中で吟醸酒を体験していただく。そこに非常に大きい意味があるんじゃないかと思いますね」
──超吟醸祭も協会の会も、入場料を払えば試飲できるスタイルです。少量ずつの飲み比べで、蔵の技術やこだわりは伝わりますか。
「この形のイベントであれば、いろんな種類を少量ずつ飲み比べていただくのがベストだと思います。そして対面でお話ししながら、飲みながら伝えられるのが一番分かりやすい。貴重な機会なんじゃないでしょうか」
──出展蔵は限定酒を持ってくることも多いですよね。
「そこが協会の会の、昔からの要素なんですね。『この会に来ると楽しめるよ』というところ。それを目当てに昔からいらっしゃる方もいる。他の団体にはない要素でもあるので、長年やってきたところの良さとして考えたほうがいいんじゃないかと」
現地で聞く声は、酒造りにも返っていくという。
「絶対ありますよ、そこは。イベントのお客さんの層によって違うじゃないですか。コアなイベントならコアな意見が出てきます。今回のイベントは『素直においしい』という声がたくさん聞けるイベントだと、我々はよく言っています。『わあ、日本酒ってこんなにおいしいの?』という声が聞かれる。それも貴重な機会です」
5年後、10年後──個性を絞り込み、「面」で日本酒を上げる
──5年、10年経ったとき、日本酒や吟醸酒の立ち位置はどう変わっていくと思いますか。
「一つ言えるのは、各蔵の技術はもちろん、蔵の個性・考え方をよりブラッシュアップしながら、質を高め、独自性も高めていくこと。各蔵がそうやっていくことで、面で日本酒自体をグッと上げていくことが本当に必要ではないかと。個性をどんどん絞り込みながら、自分の蔵の方向性を定めていく必要がある。いま、そこが一番問われているんじゃないでしょうか」
海外市場──試行錯誤の先に「国別の好み」が見えてきた
──日本酒の味わいや香りは、海外に受けるのでしょうか。
「受けますよね。国によって嗜好は違いますが、総じて、吟醸クラスのものが広がるスピードは早い。クオリティが本当に高いんです。アルコール飲料として非常に繊細な部分がありながら、本当にきれいな、びっくりするような飲み物だと、我々もそういう機会に接すると余計に思いますよね」
一方で、輸出比率は蔵ごとにまちまちだ。海外にしっかり軸足を置く蔵もあれば、まだ5〜10%という蔵も多いという。協会としても、マレーシアでの試飲会など海外との接点づくりを続けてきた。
「自分で動ける方もいますし、なかなか自分では動けない方は、そういう機会を利用して、というところもある。機会の創出はしていかなければならないと思っています。もっとも、今はみんなどんどん動いていますし、県単位で動いているところもありますね」
有志の蔵がチームを組んで特定の国を狙う動きも増えており、現地とのつなぎ役はJETRO(日本貿易振興機構)や現地のコーディネーターが担う。国も補助金などでバックアップしているという。
「今は日本酒を結構押してくれているんじゃないですかね。飲食文化は、日本が押すべきところですから」
──米が主食でない国でも、日本酒の味は受け入れられますか。
「国によって受け入れやすい味わいは若干違いますが、どこへ行っても、最初の取っかかりは吟醸系のフルーティーなところが一番すんなり入る感じがしますよね。稀にフルーティー系がダメな国もありますけれども」
──国ごとの好みは、もう見えてきているのでしょうか。
「最初はみんな分からなくて、いろんなものを持っていって、外れがあって当たりがあってを繰り返しながら──ドライタイプがいい国、甘いのが好まれる国、というのはだいぶデータとして出てきていますよね。展示会に行くときに『この国はまだこういうタイプがいい』というのが、だいぶ定まりつつある。今までの試行錯誤があったからですよね」
余談だが、これは日本酒業界で数少ない「検証のループが回った」事例だと思う。国内市場では消費者の反応が数字として蔵まで戻りにくい(ある老舗酒蔵が語った「データなき酒造り」のリアル)。一方、海外開拓では「持っていく → 売れた・売れないが見える → 次に活かす」の繰り返しが許され、その結果、国と味わいのマッチングという業界共通のデータが蓄積された。失敗できる場と、結果が見える回路さえあれば、この業界は学習できる──海外市場は、それを証明しているのかもしれない。
現地生産の動きにも注目している。
「最近は現地生産の蔵もたくさん出てきて、技術も設備も非常に良いものになってきている。日本で技術を習得して現地に戻る方も、これからおそらく出てくる。今後はどんどん良い酒が出てくるんじゃないでしょうかね」
人口規模で見れば、海外市場は国内の数十倍。「そう簡単ではないけれど、どう広げていくかは個々の努力も必要」と、視線は前を向いていた。
来場する人へ──「生の声を聞かせてください」
──最後に、超吟醸祭2026に来られる方へメッセージをお願いします。
「我々も吟醸酒協会としてジョイントさせていただいて、メンバー一同、新しいお客様も含めたいろんなお客様と現地でお会いしながら、自分のところのお酒を体感していただくのを非常に楽しみにしています。ぜひぜひ、生のお声をたくさん聞かせていただきながら、楽しい時間になればと思っております」
そして最後に、こう付け加えた。
「その場で買っていただくのが、蔵への一番の応援になりますから。そこはしっかりアピールしていきたいところですね」
会場では出展蔵のお酒の販売も行われる。気に入った一本があれば、その場で連れて帰るのが、蔵にとって何よりのエールになる。
超吟醸祭2026は10月17日(土)・18日(日)、東京・浜松町で開催。全国の蔵元が集い、150銘柄以上の吟醸酒を飲み比べできる。チケットはこちらから。

