ガイドブックにはない、その人だけが知る旅へ。「地元の人に、旅を任せてみた。」は、全国の酒蔵関係者などを「案内人」に、旅の計画を丸ごと任せてしまう連載だ。ルールは5つだけ。
- 旅の目的地・訪問先は、原則として地元の案内人が決める
- 有名観光地である必要はない
- 食事、風景、文化、人との出会いなど、案内人が紹介したいものを優先する
- 旅の良かった点だけでなく、意外だったことや発見も記録する
- 最後に「自分で計画していたら、この旅になったか?」を振り返る
旅行サイトのランキングでも、SNSで見つけた映えスポットでもなく、その土地で生きてきた人の「これを見せたい」だけで組まれた2日間。第1回の舞台は、岩手県の二戸と盛岡、前泊つきの1泊2日。案内人は、二戸市の酒蔵・南部美人の五代目蔵元、久慈浩介さんにお願いした。
案内人は、南部美人五代目蔵元・久慈浩介さん──「地元の人が考えたほうが面白いに決まってる」
久慈さんは「南部美人」を世界に売ってきた蔵元で、海外でのイベントや審査会を飛び回る、いわば岩手の酒の顔のような人だ。旅を任せたいと伝えると、二つ返事で2日分の行程が返ってきた。初日は二戸、2日目は盛岡と雫石。旅の途中、久慈さんはこの行程の理由をこう話していた。
「盛岡も近いから、二戸だけで完結しないで、盛岡と二戸、八戸とか、セットで回れるのが一番いいんですよ。ああいうルートは、地元の人が考えたほうが面白いに決まってるんです」
🧭 今回の案内人
「南部美人」(岩手・二戸)の五代目蔵元・久慈浩介社長。日本吟醸酒協会の第9代理事長を務めた蔵元きっての語り手で、超吟醸祭2026では2日間・全6部のステージの解説役を務めた。今回の旅では、前泊の夕食から2日間の行程までを丸ごと組んでくれた。
写真出典: 南部美人公式サイト
今回は筆者のほかに、1歳の子どもを連れた友人一家も同行した。つまり赤ちゃん連れである。それでも「大丈夫、全部考えてありますから」と久慈さん。その言葉の意味は、初日の朝からすぐに分かることになる。
旅程──前泊+2日間で二戸と盛岡を巡るモデルコース
行程はすべて久慈さんにお任せ。筆者が決めたのは、岩手に行く日だけだ。
🗺 旅のタイムライン(前泊+2日間)
🚄 夕方、東北新幹線で二戸入り
🍣 地元の人気店「ふく富」で夕食
💧 折爪岳の水源(仕込み水のはじまり)
🍙 古民家食堂でランチ(かにひっつみ・でっけえおにぎり)
🍶 南部美人「エンタメ酒蔵見学」
🍵 浄法寺漆の「滴生舎」
🍽 本蔵「hongura」で夕食会
🚄 新幹線で二戸から盛岡へ
🍜 わんこそば「東家 本店」
🍶 雫石町「菊の司酒造」の蔵見学
🗼 東京へ
そして旅は、実は前夜から始まっていた。候補を出してくれたのはここでも久慈さんで、選んだのは「ふく富」。カウンターに座ると、頼んだものがなかなか出てこず、代わりに頼んでいないものが次々出てくる、名物大将の店だった。なかでもマグロの血合いは、生臭さのかけらもない、ステーキのような一皿。二戸は港町の八戸まで1時間かからず、海鮮の仕入れが早いのだという。翌朝の車中で久慈さんも「面白いでしょう、あそこの大将。ネタがでかいんですよ」と笑っていた。










旅は山の上の「水」から始まった──折爪岳の水源「山居湧水」へ
初日の朝、ホテルまで迎えに来てくれた久慈さんの車が向かったのは、観光地ではなく山道だった。二戸市の折爪岳。登っていった先にあるのが、南部美人の仕込み水の水源「山居湧水」だ。
「ここで雨が降って、全部地中に染み渡っていって、水脈に入って、うちの蔵の井戸から湧いてくるんです」
雨上がりの山の中に、天保7年の文字が彫られた古い祠と、木組みの水路があった。観光用に整備されたものではない。朽ちかけた水路を、湧き水がずっと流れ続けている。手ですくって飲むと、思ったよりやわらかい。癖がまったくない。




「米は買ってきて移動できるけど、水は移動できませんからね」


酒蔵の案内人に旅を任せると、旅は酒蔵からではなく、水源から始まる。この順番こそが案内人の思想だと気づくのは、翌日、蔵の井戸水と飲み比べたときだ。山の上の水は軟らかく、地中でミネラルを吸って井戸から湧く水は少し硬い。同じ水脈の水が、土地を通って酒の仕込み水になる。
ちなみにこの折爪岳、7月上旬には100万匹を超えるヒメボタルが大発生する群生地でもあるという。「道路をホタルが歩いて渡ってるんですよ。見たことない景色です」と久慈さん。それだけ水がきれいな山ということだ。ホタルを守るため観賞はシーズン中予約制で、見頃や申込は折爪岳のヒメボタル公式サイトで案内されている。
水源からの帰り道、車窓の田んぼを指さして久慈さんが言う。「この辺一帯、全部うちの契約栽培なんですよ」。酒米「ぎんおとめ」の田んぼが、水源の山裾に広がっていた。

かにひっつみと「でっけえおにぎり」──古民家食堂「福わらし」で昼ごはん
昼は、古民家を改装した食べ処「福わらし」へ。久慈さんのおすすめは、郷土料理の「かにひっつみ」だった。ひっつみは、うどんの生地を切らずに手でつまんで鍋に入れる、すいとんのような岩手の郷土料理。この店はそこにカニの出汁が効いていて、たしかにめちゃくちゃうまい。


県北は冷害(やませ)の歴史から米がなかなか穫れず、そばや雑穀の文化が根づいてきた土地だ。そば・うどんはすべて手打ち。地元産の新生姜のかき揚げ、そして名物だという「でっけえおにぎり」。茶碗より大きい、日本昔話のようなおにぎりが運ばれてきて、テーブルが笑いに包まれた。1歳の同行者も、ひっつみとおにぎりを夢中で食べていた。





観光ガイドで上位に出てくる店ではない。けれど「地元の人が普段から食べているもの」から旅が組み立てられていく感覚は、この連載でしか味わえないものだと思う。
「酒蔵ミッキーマウスは私です」──南部美人のエンタメ酒蔵見学
午後は、いよいよ南部美人の蔵見学へ。これが、普通の蔵見学とはまったく違った。
白衣の上にハッピを羽織り、頭には4色から選べる和手ぬぐい。もろみタンクの前には専用ライティングのフォトスポットがあり、iPadの遠隔操作で撮った写真はWi-Fiでその場で無料でもらえて、さらにその写真がラベルになって日本酒になる。発想の元ネタは、全部ディズニーランドだという。
「酒蔵に入るときは蔵人と同じ格好になってもらう。私がいつもハッピを着ているから、酒蔵のミッキーマウスは私です」
この蔵見学は体験として濃すぎるので、詳細は別記事にまとめた。水源と井戸の飲み比べ、専門の案内スタッフ、日本酒の価値観で造るウイスキーの蒸留棟、ここでしか飲めない樽出し62%の原酒まで、南部美人「エンタメ酒蔵見学」の取材記事でどうぞ。
酒と関係ない場所にこそ、案内人の本気が出る──浄法寺漆の「滴生舎」
蔵見学のあと、久慈さんが連れて行ってくれたのは酒蔵ではなく、漆器の工房だった。二戸市浄法寺町の「滴生舎」。ここで、ほとんどの人が知らない事実を聞くことになる。
「日本で使われている漆は、90%が中国産なんですよ。残り10%が日本産で、その日本産のうち7〜8割が二戸で生産されている。有名な塗り物の産地も、塗っているのは中国産の漆が多い。ここの漆器は、地元の漆を使った100%日本産なんです」
つまり二戸は、日本一の漆の産地だ。工房では、ホコリがつかないよう空気の流れまで管理された部屋で、職人が一つひとつ漆を塗り重ねていた。



漆器は熱い汁物を入れても手が熱くならず、壊れても塗り直して使い続けられる。「自分の人生より長く使える」一生ものだ。

筆者はこの雪月花シリーズの盃をひとつ購入した。そして思いついてしまった──超吟醸祭のような日本酒イベントで、この漆の盃をレンタルして、気に入った人はそのまま買えるようにしたら面白いのではないか。プラスチックのカップで飲むのとは、味も気分もまるで違うはずだ。その場で工房の方と、そんな相談まで始めてしまった。
久慈さんいわく、二戸市長は飲み会に自分の漆のおちょこを持参して、必ずそれで飲むのだという。「器までテロワール。僕らの酒もテロワール。器までテロワールを組める地域は、ここしかないんですよ」
酒蔵の蔵元に旅を任せたのに、一番熱く語っていたのが漆だった──こういう寄り道にこそ、この連載の趣旨が出ると思う。
人気洋食店のシェフが、出張で蔵に来てくれた──hongura の夜
夜は、南部美人の本蔵を改装したゲストスペース「hongura」での飲み会。驚いたのは料理だ。二戸の人気洋食店「ボヌール」。この日はお休みだったが、出張シェフをしていただけた。昼は予約を取らず3回転するという地元の名店である。
前菜は、この店でしか食べられないという佐助豚の生ハム。原木から切り出した、塩だけで仕上げた一枚で、南部美人のスパークリングと合わせると止まらなくなる。いわて短角和牛のローストビーフ、八戸のアオリイカ、そして「最大の必殺技」と紹介された佐助豚100%のハンバーグ。たまり醤油のタレの前に、まずそのまま一口。今まで食べたハンバーグの中で一番だった。牛・豚・鶏──短角牛、佐助豚、菜彩鶏と、岩手の銘柄肉が一晩で揃う。




郷土料理の「そばかっけ」も初体験だった。「この辺は、米が取れなくて、そばの文化なんですよ」と久慈さん。そばを打って切った端っこを鍋に入れたのが始まりという、そば文化の土地ならではの料理。湯にくぐらせ、味噌をつけて食べる。締めには、久慈さんが自ら作る盛岡冷麺まで出てきた。
会場のhongura自体も面白い。酒母タンクを改造したスクリーン、譲り受けたピアノ、高市総理の「國酒」の書のレプリカ。ライブをやればスタンディングで70〜80人が入るという。古い建物に新しい照明──天井のLEDは水の波紋をかたどっていて、その下で日本酒を飲むと……そこは実際に現地で体感してほしい。水源から始まった一日が、水の明かりの下で終わった。
Day2: わんこそばの行列と、案内人が他の地元の蔵・菊の司酒造を見せる意味
朝の二戸駅は、それ自体がちょっとした郷土展示場だった。NINOHEのモニュメント、九戸まつりの山車、いわて短角和牛や「うるしの國」のバナー──送り出してくれる駅が、すでに岩手を語っている。








2日目は新幹線で盛岡へ。昼は、わんこそばの老舗「東家 本店」だ。実は初日の車中で、久慈さんからこう聞かされていた。
「お盆やゴールデンウィークは、ディズニーランドより並んでますからね。整理券で3時間待ちとか」
この日は平日、しかも事前に席を頼んでおいてもらえたおかげで、並ばずに初わんこそばを体験できた。お椀が積み上がっていく給仕のテンポは、話に聞く以上に楽しい。筆者は100杯を平らげて、記念の木札と証明書をもらった。








午後は雫石町へ移動し、菊の司酒造の見学へ。ここが面白いのは、案内人の久慈さんが「自分の蔵」ではなく、他の地元の蔵である菊の司酒造を行程に入れたことだ。菊の司は1772年創業、岩手最古といわれる蔵で、令和4年に盛岡市内から雫石の新工場へ移転した。見学をエンタメに振り切った南部美人とは対照的に、こちらは見せるための演出のない、動いている現場をそのまま歩かせてもらう見学だった。酒造りはどちらの蔵も緻密そのもので、菊の司は「空気に触れさせない」ことをデータと手仕事で徹底している。入り口でいきなり「今日、納豆を食べてきていませんか」と確認される驚きも含めて、こちらも菊の司酒造の見学記事に詳しくまとめた。
同じ岩手の酒でも、蔵が違えば思想がまるで違う。1日で両方を見られる行程は、蔵元にしか組めない。

自分で計画していたら、この旅になったか?
ならなかった。断言できる。
自分で計画していたら、わんこそばと盛岡冷麺は入れたと思う。でも、山の上の水源で湧き水を飲むことも、かにひっつみも、日本一の漆の産地で一生ものの器に出会うことも、人気洋食店のシェフの出張ディナーも、思想が正反対の2つの酒蔵をはしごすることも、どれも選べなかった。そもそも検索しても出てこないか、出てきても意味が分からなかったはずだ。
今回の旅で一番印象に残っているのは、場所そのものより「なぜそこを選んだのか」の説明だった。水源は酒の説明であり、漆は土地の誇りであり、他の地元の蔵である菊の司酒造を見せたのは、岩手の酒全体への愛だった。訪問先のリストは真似できても、この説明は案内人にしかできない。
もうひとつ、思い返して腑に落ちたことがある。蔵見学の最中、久慈さんは「ここに人を呼びたいからです。じゃないと、ここに観光客は来ないんですよ」と話していた。この2日間の行程は、まさにその実践だったのだと思う。山の湧き水を飲ませ、古民家の食堂と日本一の漆の里を巡らせ、夜は地元の名店のシェフでもてなし、翌日は盛岡と、他の地元の蔵である菊の司酒造まで見せる。酒蔵を起点に、町へ、岩手全体へと人を連れ出していく。この旅の組み方そのものが、エンタメ酒蔵見学と同じ思想でできていた。
旅の計画を任せるというのは、その人の頭の中にある地元の地図を、2日間だけ借りることなのだと思う。
よくある質問
東京から二戸へのアクセスは?
東北新幹線はやぶさで、東京駅から二戸駅まで乗り換えなしで約2時間40分です。二戸駅から南部美人までは車で数分(徒歩では30分ほど)。今回の旅は前泊+1泊2日、計2泊の行程でした。
岩手で蔵見学ができる酒蔵は?
今回訪ねた2蔵では、南部美人(二戸市)が予約制で通年開催しており、多くの蔵が休む土日もやっています。菊の司酒造(雫石町)は旅行会社・団体経由のみの受け付けで、個人の飛び込みはできません。詳しくは南部美人の蔵見学記事と菊の司酒造の見学記事にまとめています。
わんこそばの「東家」は並びますか?
盛岡の東家 本店は、お盆やゴールデンウィークには整理券で数時間待ちになることもある人気店です(案内人いわく「ディズニーランドより並ぶ」)。混雑期を外すか、時間に余裕を持って訪ねるのがおすすめです。今回は平日で、並ばずに入れました。
二戸のおすすめ観光スポット・グルメは?
今回の旅で訪ねたのは、折爪岳の水源「山居湧水」、日本一の漆の産地・浄法寺の工房「滴生舎」、古民家食堂「福わらし」(かにひっつみ・でっけえおにぎり)、寿司と海鮮の「ふく富」、そして南部美人の「エンタメ酒蔵見学」。二戸駅の郷土展示も見応えがあります。どれも地元の案内人だからこそ選ばれた場所です。
ひっつみとは?
小麦粉の生地を切らずに手でつまんで(ひっつまんで)鍋に入れる、すいとんに似た岩手の郷土料理です。県北は冷害(やませ)の歴史から米がなかなか穫れず、そばや小麦の粉もの文化が根づきました。二戸の「福わらし」では、カニの出汁が効いた「かにひっつみ」が食べられます。
二戸と盛岡を巡るモデルコースは?
今回の行程は、前日: 東北新幹線で二戸入り→「ふく富」で夕食/1日目: 折爪岳の水源→「福わらし」で昼食→南部美人の蔵見学→滴生舎→「hongura」で夕食会/2日目: 盛岡へ移動→わんこそば「東家 本店」→雫石町の菊の司酒造→帰路、という前泊+1泊2日です。詳しくは本文の「旅のタイムライン」をどうぞ。
浄法寺漆・滴生舎とは?
日本で使われる漆の約9割は中国産で、国産はわずか1割。その国産漆の7〜8割を生産しているのが二戸市浄法寺です。「滴生舎」は浄法寺漆器の工房兼直売所で、100%国産漆の椀や盃を購入できます。壊れても塗り直して使い続けられる、一生ものの器です。
「地元の人に、旅を任せてみた。」とはどんな連載?
旅の計画を丸ごと地元の案内人に任せるSIPORYの連載です。訪問先は案内人が決める、有名観光地でなくていい、最後に「自分で計画していたら、この旅になったか?」を振り返る──などのルールで、全国の酒蔵関係者たちと旅をしていきます。
次の案内人へ
この連載は続く。次の旅も、地元の人に丸ごと任せてみる。あなたの町の「これを見せたい」を、聞かせてほしい。
🧭 次の案内人を募集しています
旅の計画を丸ごとお任せして、SIPORY取材班があなたの町へ伺います。酒蔵の方はもちろん、酒屋・飲食店・自治体の方でも。この記事のような旅行記と、訪問先の紹介記事を制作します。
取材・執筆・掲載の費用はいただきません。現地までの交通費と宿泊費のご負担のみお願いしています。
今回の旅で訪ねた蔵の記事はこちら──南部美人「エンタメ酒蔵見学」体験記/菊の司酒造の新工場見学記。自分に合う日本酒のタイプはSKNM診断(無料・3分)で探せます。

