一番甘いもので、日本酒度マイナス32。麹・蒸米・水を一度に仕込む「一段仕込み」で、発酵しきる前の“日本酒の赤ちゃん”を袋搾りのまま瓶に閉じ込める──。1907年(明治40年)創業、新潟県津南町の苗場酒造が醸す「ゆきのまゆ」は、よく見る日本酒の姿から少し外れた、しかし「日本酒の本質的な美味しさ」を真っすぐ狙った一本だ。イベント出展のリアルな判断基準から、若い飲み手への想いまで、営業の北島さんに伺った。

「ゆきのまゆ」とは──雪繭に由来する、日本酒度マイナス32の甘口酒

新潟県の南端、3メートル以上の雪が積もる豪雪地帯・津南町。湿気を多く含んだ雪は、川の石の上に美しく丸く積もっていく。その姿が繭玉のように見えることから、この地方では「雪繭(ゆきまゆ)」と呼ばれてきた。

苗場酒造の看板銘柄「ゆきのまゆ」の名は、ここから来ている。ひらがなで雪のまるさ、やわらかさを表現し、袋搾り特有のうす濁りが雪のように口の中で溶け、繭玉のようにしっかりとした味わいを醸す──そんな意味が込められた。

その味わいは、数字を聞くだけでただものではないと分かる。一番甘いもので、日本酒度はマイナス32。強い甘みに酸が立ち、あえてうす濁りに仕上げた濃い酒。アルコール度数は原酒で14度前後にとどまる。いわゆる“すっきりした綺麗な日本酒”とは、はっきり別の場所に立つ酒だ。

「うちは日本酒の本質的な美味しさを表現していると思って出しているんですけど、新潟らしい淡麗辛口を期待して飲むと意外感があるようで、驚かれる方が多いです。ただ、日本酒を飲み始めたばかりのライト層には、刺さる確率が結構高いんですね」

麹・蒸米・水を一度に──「ゆきのまゆ」一段仕込みの製法

日本酒造りは、麹・蒸米・水を3回に分けて加える「三段仕込み」が主流だ。ゆきのまゆはこれを一度に仕込む「一段仕込み」で造られる。

「ゆきのまゆは、発酵しきらない、日本酒の赤ちゃんみたいな状態で搾りを迎える造り方をしています。糖がアルコールに分解される途中の非常に若い段階で搾ることで、醸造初期ならではの芳醇な吟醸香とお米の甘みをしっかりと残すことができます。さらにそれを袋で搾ることで、もともと持っている濃い状態を、濃いまま残しています」

発酵しきる前に搾るため、同じ米から取れる酒の量は三段仕込みより大幅に少ない。通常は30%程度といわれる粕歩合は、「ゆきのまゆ」の場合70%ほど──分が悪いこの造り方を、苗場酒造はあえて看板商品に据えた。

「日本酒の初期のあの美味しさが、日本酒の本質的な美味しさだと蔵元は思っていて、それを瓶に詰めているイメージです」

一段仕込みを「邪道」と見る向きがあることも、蔵は承知している。それでも、実際に飲んだ他の酒蔵の方が「一段仕込みなんて邪道だと思っていたけれど、ゆきのまゆを飲んで、極めるとこんな味わいができるんだと感動した」と言ってくださったこともある。飲めば分かる説得力がこの酒にはある。

「万人に好かれる日本酒は存在しないので、この味が好きじゃないという方ももちろんいます。でも日本酒好きの方からは『こんな日本酒があるんだ、面白いね』と言っていただけますし、初心者の方から『日本酒ってこんなに美味しいんですか』と、そこから日本酒好きになりましたという長文のDMをいただいたこともあります。ありがたいことに、両方から支持をいただけているのかなと思います」

名水の町・新潟県津南町と、苗場酒造の若い造り手たち

津南町は、毎分30トンの湧水を誇る日本名水百選「龍ヶ窪」をはじめ、苗場山系の伏流水があふれる名水の町だ。

造りを支えるのは、若い力だ。杜氏の武田翔太さんは1995年生まれ。19歳で入社し、「にいがたの名工」新保英博さんから4年間直接指導を受け、24歳で「ゆきのまゆ」の立ち上げを任された。27歳では新ブランド「深然」も開発。四季醸造によって1年に何本もの仕込みを重ね、経験を積んできた。蔵人も20代〜30代前半の地元出身者が中心で、70代のベテランと力を合わせて醸す。新潟には蔵人が3年かけて酒造りの基礎を学ぶ「新潟清酒学校」があり、蔵を越えたつながりも育っている。

設備も進化中だ。2024年秋には温度管理可能な新蔵が完成し、2026年春には瓶詰・貯蔵設備を備えた第二新蔵も稼働。四季を通じて高品質でフレッシュな酒を出せる体制が整った。地元では蔵祭りを年2回開催している。恒例の「酒粕詰め放題」や「唎き酒」を始め大いににぎわい、地域活性化にも貢献している。

客層を読む──イベントに出る理由は2つある

「できるだけ日本全国、世界の方に飲んでいただきたい。ただ、地元をもっと大切にするのが大前提です」──イベント出展の考え方を尋ねると、まずこの前提が返ってきた。地元・津南や新潟で声がかかるイベントには、無理のない範囲でできるだけ出る。そのうえで今年は挑戦の年と決め、出展ペースは昨年の倍ほど。9月・10月も相当な数のイベントに出る。

「イベントに出る理由は、大きく2つだと思うんです。販売か、知名度アップか。知名度アップは数字で測りにくい部分なので、日本酒のコアなファンがたくさん来るイベントなのか、ライトな方が多いイベントなのかで、また話が変わってくるんです」

百貨店の試飲販売会に来るのは、日本酒やギフトを探しに来た人。日本酒ファンのイベントには“この日のために1年間生きてきた”ような人もやって来る。客層を読んで、一押しのゆきのまゆに何を添えるか、持っていく限定酒の顔ぶれを変える。

そして、出てみないと分からないのがイベントの面白さでもある。

「せっかくだからと出たイベントに輸出業者の方が来ていて、マレーシアへの輸出が決まったことがあります。一般消費者向けのイベントなのに、本当に何があるか分からないんですよ」

フォロワーは増えた。その先へ──SNSの試行錯誤

営業とSNSを一手に担う北島さんは、発信でも試行錯誤を重ねてきた。世の中のほとんどの人は、日本酒にまだ興味がない。ならばまず興味を持ってもらおうと、酒の説明を一切せずに、蔵の日常を切り取ったショート動画をたくさん作った時期がある。フォロワーは伸びた。それでも、立ち止まった。

「この動画を面白いなと思ってくれた人が、果たしてゆきのまゆを買ってくれるのかなと。“見たことがある”にはなるかもしれないけれど、その先のもう一歩を超えられるようにはならないんじゃないかと、最近思っていて」

いまはSNSの方向性を見直している最中だ。専門用語を使わずに酒造りを一から解説する構想もあれば、蔵人が「出発点」という酒を企画し、醸造していく様子を追いかけた発信もしてきた。

ヒントのひとつが、コアファンの存在だという。口コミサイトに感想を書き込むのは日本酒好きのコアファンで、それを読んで選ぶのがライト層。日本酒好きの界隈には発信力のある人が多い。発信する人の心をつかむことが、回り回ってライト層への近道になる。

「日本酒? ツウじゃん」の壁

では、日本酒をまだ飲まない人には、何が届くのか。北島さんが日々考え続けている問いだ。

「若い方に話を聞くと、居酒屋でちょっと興味があっても、頼んだら『日本酒? ツウじゃん』みたいな雰囲気になるのが嫌で、ずっとレモンサワーを飲んでいます、と。日本酒に対して謎のハードルが生まれてしまっているんです。それを解消するのは、やっぱり身近な人から勧めてもらうこと。日本酒好きな先輩に『これ美味しいから飲んでみなよ』と言われたら、飲んでみようかなと思いますよね」

日本酒に興味はあっても、一人でイベントに行くのはハードルが高い。でも、詳しい人が一緒なら話は変わる。だからこそ、たどり着いた戦略は「コアファンを大切にして、その人たちがライト層へ広げるのを手伝う」ことだ。

「日本酒好きな方は『一緒に飲もうよ』『知ってほしい』という気持ちが強い方が多い印象があります。その方たちが周りに広めてくださるお手伝いを、私たちがした方がいいんじゃないかと最近は思っています」

出会える場所も増やしてきた。「どこで買えますか」という声に確実に答えられるよう、公式サイトでは在庫のある特約店を案内しており、特約店の数は全国約200店舗。昔からのファンから「見かけるようになって嬉しい」という声が届く。SNSで見かけた酒に、ふと店頭で出会える──その積み重ねが、誰かの一杯目につながっていく。

ゆきのまゆに合う料理──唐揚げ、ピザ、生ハムと楽しむ甘口日本酒

ゆきのまゆは冷蔵庫で冷やして飲むのがおすすめだ。もともとは乾杯酒・食前酒として「食事の最後に、最初に飲んだお酒をもう一回飲みたいねと言ってもらえる酒」を目指して開発されたが、意外にも食中酒として優秀だった。

「甘みがあって、酸味と少しの苦味で後味が締まるように全部のゆきのまゆは設計されているので、油っぽくて味の濃いものと一緒に飲むとすごく美味しいんです。パスタやピザ、生ハム、唐揚げとぜひ合わせてみてください。白ワインに合うものは大体相性がいいですね」

蔵を訪れた料理研究家のリュウジさんも「イタリアンとすごく相性がいいと思いますよ」と太鼓判を押したという。串カツや天ぷらのような揚げ物、ハンバーガーのようなファストフードまで──“日本酒のおつまみ”の定番から自由になれるのは、この酒質ならではだ。

秋酒は9月1日発売──「ゆきのまゆ四季シリーズ」と本格焼酎

「日本酒業界の売上は右肩下がりなので、私達も危機感を持っています。より色々な方に楽しんでもらえるように、今年は毎月のように新商品を出しています。当社は四季醸造ですし、日々の酒造りをこなしながら新商品を造っていくのは簡単ではありませんが、この新しい挑戦に社員全員が前向きに取り組んでいます」

その一手が、今年の春から始めた「ゆきのまゆ四季シリーズ」だ。春酒・夏酒・秋酒・冬酒を順に展開し、秋酒は9月1日に発売される。お菓子でも何でも季節商品があるように、季節限定酒で楽しんでもらい、たまにレギュラーに戻ってきてもらう。さらに、ゆきのまゆの酒粕を蒸留した「ゆきのまゆ本格焼酎」も人気で、先日の福岡の焼酎イベントでは2日分と見込んだ量が4時間で売り切れた。

メディアの注目も高まっている。「日本酒dancyu」2025年2月号の「新進の注目蔵15選」に選出され、山内聖子著『酒どころを旅する』、サケラボトーキョー・甲斐勇樹著『日本酒を好きになる』にも「ゆきのまゆ純米吟醸」が掲載された。

また、海外での評価も高い。アジア最大級の日本酒コンテスト「Oriental Sake Awards」で新潟県最優秀賞や生酒チャンピオン、モナコで開催された「MONACO SAKE AWARD」でグランプリを受賞するなど、世界でもその味わいは認められつつある。

最後に、これからの展望を聞いた。

「“日本酒の本質的な美味しさ”という軸がブレなければ、日本酒をあまり飲まない人も、日本酒が好きな人も、海外の方も、幅広く『美味しい』と思っていただける味わいになると考えています。日本酒好きな方には『こんな日本酒があるんだ!』という驚きを、あまり飲まない方には『日本酒って美味しい!』という感動を──その輪を広げていきたいです」

日本酒度マイナス32の甘い酒が、レモンサワーしか頼めなかった誰かの一杯目になる。雪繭の名を持つこの酒は、そんな未来のために醸されている。

苗場酒造の基本情報・口コミは苗場酒造の酒蔵ページへ。自分に合う日本酒のタイプはSKNM診断(無料・3分)で探せます。毎月新しい蔵と出会いたい方はSIPORYサブスクもどうぞ。