「こんな酒、丸彦さんで作れるんだ」──イベント会場で来場者から掛けられた、失礼で、最高の一言。1867年(慶応3年)創業、「三重の寒梅」で知られる三重の老舗・丸彦酒造は、いま7代目の藤原大地さんのもとで大きく変わりつつある。伝統のすっきり辛口を守りながら、新銘柄・スパークリング・アニメコラボと毎年挑戦を重ねる蔵の「これまで」と「これから」を伺った。

川島の地に残った、最後の一蔵──「三重の寒梅」を生んだ水と米

──今、何代目になるんですか?

「私が7代目になります。1867年、江戸の最後に創業をして、この地でずっと日本酒を作らせていただいています」

丸彦酒造の創業は1867年(慶応3年)。かつて蔵のある川島町には8つの酒蔵があったが、企業整備で集約され、いまこの地に残るのは丸彦酒造ただ1社だ。

銘柄にも約160年の歴史が積み重なっている。普通酒全盛の時代に5代目・鈴木彦松が生んだ「はま娘」は、三重県清酒品評会で5年連続の首位賞を受賞し、戦後は関東へも出荷された。平成6年4月には6代目・鈴木哲夫が「三重の寒梅」を立ち上げる。生活やライフスタイルの変化で消費者の日本酒離れが進むなか、全国を巡って酒を飲み歩き、もう一度酒造りの原点に立ち返って「本物の日本酒・真の日本酒とは何か」を考え直した末に、老若男女を問わず「美味しい」と喜んでもらえる酒を目指して生まれた銘柄だ。

酒質を支えるのは土地の恵みだ。年間降水量が非常に多い三重県は、県内各地に豊富な伏流水が湧く。蔵のある地区の地質は清水の条件とされる粘土質で、水は鉄分・塩分・カルシウムの少ない、日本酒の仕込みに適した中軟水。透明度が高く、まろやかでコクのある酒を生む仕込み水だ。米は三重県の奨励品種でもある酒米・山田錦。その名の由来とされる「山田穂」は、種もみとして神都伊勢市(旧宇治山田市)の豊受大神(伊勢神宮外宮)にちなんで命名されたという説(※諸説あり)もある、三重と縁の深い酒米である。「三重の寒梅」は山田錦を100%使用し、低温長期発酵で狙った酒質へゆっくりと仕込む。商品によってはあえて熟成させ、より食中酒向きに仕上げたものも展開している。

──8つの蔵が1つになった土地で、なお酒を造り続けている。それがこの蔵の現在地だ。

「おじいさんが飲んでたお酒」と言われて──日本酒「丸彦」誕生秘話

丸彦酒造の伝統の味は、どの温度帯でも楽しめる、すっきり辛口の食中酒。ただ、イベントで若い世代と接するなかで、藤原さんは厳しい声も聞いてきた。

「若い方とか女性の方からすると、ちょっと本当に『酒』っていう味で。『おじいさんが飲んでたお酒』みたいなことを言われて、『三重の寒梅、好きになれやんわ』っていう声も聞いてたんですよ、イベントの時に」

藤原さんは8年前、新卒でこの会社に入った。「これは何とかしていかなあかんな」──その思いから昨年、特約店限定の新銘柄「丸彦」を立ち上げる。少子高齢化のなか、どうすれば日本酒に興味を持ってもらえるかを考え抜いて設計した、伝統の味とはあえて方向を変えた味わいだ。

──味のトレンドは意識するんですか?

「杜氏は正直、あんまり意識しないですね。自分の好きな酒質、『こういう味が日本酒や』っていう思いを持って造っていますし、なかなかそこを否定することはできないんです。ただ、酒蔵を経営するとなった時に、経営者目線としては、ある程度トレンドの味であったり、こういう酒が売れてる、どんな味なんやろ、香りなんやろっていうのは確認するようにはしてます」

職人として譲れない酒質の哲学を持つ杜氏。その哲学を尊重しながら、経営者として売場の変化も見る。その間に立つからこそ、対話には気を遣うという。

「杜氏に話す時もちょっと心が痛いですけど、正直こういう味の方が今売れてるっていう話をすると、『社長が言うなら一回やってみようか』と受け止めてくれる。うちの特徴は残しながら作る今風の酒っていうので、ちょっと当たってるのかなっていう気はしてますね」

その「丸彦」をイベントに持っていくと、反応は一変した。

「『こんな酒、丸彦さんで作れるんだ』みたいな。『あんな酒しか作れやんと思ってた』みたいな。どんな失礼なこと言うんやと思いながらですね(笑)。でも新しい層がお客さんになってくれると、SNSで上げてもらったり、それがPRになって飲食店さんに営業してくれたりとか、自然に口コミで広がっていくんです」

──「伝統の味を残しながら、枝で新しいことをどんどんやっていく」。蔵の変化は、飲み手の声から始まっていた。

建築科出身の杜氏──「三重の寒梅」50年ぶりの全国新酒鑑評会金賞

丸彦酒造の杜氏は、酒造りとは畑違いの三重大学建築科の出身だ。学生時代はラグビー部に所属し、酒の席が好きで、数ある酒のなかでも「日本酒はただ飲むだけではなく、ゆっくり飲みながら会話を楽しめる、幸せな時間を過ごさせてくれるもの」と感じ、追求したいと思っていたという。就職氷河期のさなか、建築の道には進まず「酒を作らせてください」と蔵に飛び込み、面接した先代がその熱意に感銘を受けて異例の採用に。「三重の寒梅」が三重県で有名だったこと、機械に頼らず人の手で造る蔵だったことが、修行先にこの蔵を志願した理由だった。

修行から2年、杜氏になって1年。経験は浅くとも誰よりも学び努力を重ね、「三重の寒梅」は全国新酒鑑評会で50年ぶりの金賞を受賞する。何十年も修行を積んでから受賞するのが一般的な世界で、若き杜氏の受賞は話題になった。今も伝統的な酒造技術を踏襲しながら、ライフスタイルの変化に果敢に挑み、新しい美味しい酒造りを目指して日々精進を続けている。

社員として杜氏を雇う体制は、蔵の動き方そのものも変えている。

「大きいところは杜氏を社員で雇ってたりしますんで、経営者や営業がおると、どの時期でも外に出られる。弊社もそうなんですけど、社員杜氏を雇ってますんで、造りの間は私がいろんなところに行くっていう状態を作れるんです」

──家族経営の蔵は10月から3月の仕込み期に身動きが取れなくなる。そう業界の構造を語る言葉の裏には、造りと経営の分業を成立させた、この蔵の体制がある。

「東京にない酒」──丸彦酒造の流通とイベント出展・海外展開

丸彦酒造の酒は、東京の店頭ではまだほとんど見かけない。国内の販路は地元・三重を中心に、愛知・岐阜を含む東海エリアが軸。イベント出展も取引先との付き合いに加え、「実際に消費者と触れ合う機会」として生の意見を聞き、今後の酒造りにつなげる場と位置づけてきた。

──なぜ「東京にない」状態になるんですか?

「歴史がかなり古い酒蔵が多いんで、関東に向けて商売してきた酒蔵は割と酒販店さんを大事にして、百貨店さんも大事にされて、っていうところで、なかなか新規で入っていけないっていうのが現状にありまして。あとはもう、その酒屋さんの縄張りの情報もある程度頭にインプットしておかないと、商売できやんみたいな」

王道は酒販店に卸し、そこから飲食店へ広げてもらうルート。新参者が割って入りにくいこの構造を前に、丸彦酒造はJETROの展示会やFOODEXのような場を活用しながら、海外にも活路を見いだしている。三重県酒造組合として中国・ポルトガルへ、JETROやJICAの補助事業を使ってブラジル・アルゼンチンへ。展示会やソムリエ・飲食店向けの試飲イベントを重ねてきた。

「海外は割と契約まですぐつながってるイメージがありますので、BtoBは海外の方が早いんかなっていう気はしてますね」

──地元で生の声を聞き、海外で商談をまとめる。「東京にない」ことは、この蔵にとって弱点ではなく、戦略の出発点になっている。

ゴジラが最初に上陸した三重県で──丸彦酒造のアニメコラボ日本酒

丸彦酒造のもうひとつの顔が、アニメ・IPコラボの日本酒だ。東宝「ゴジラ」の酒を2種類展開しているほか、アニメ「キングダム」「ウマ娘」、東宝の新作アニメ「スノウボールアース」とのコラボ酒も手掛けている。

──なぜ、東宝から声が掛かったんですか?

「諸説はあるんですけども、去年ゴジラが70周年っていう節目の年っていうところと、ゴジラが日本で初めて上陸した場所が実は三重県っていうストーリーがあってですね。三重県のどこかいい会社はないかとなった時に、他のIPコラボをしてた実績があって、お話しいただけたっていう」

業界の目は、必ずしも温かくない。

「他の酒蔵さんとか業界の方から『そんなもん一過性やで、何やってんねん』『邪道に走りやがって』みたいなことは言われるんですけど、僕はやり方じゃないかなっていうのは思ってまして」

その確信を支えているのは、ファンの反応だ。

「本当にお酒を買っていただいて、メッセージを送ってくるんですよ、酒蔵に。『日本酒ってこんなおいしくなってて、本当に買ってよかったです』みたいな。自分の好きなキャラクターだから買ったけど、こんな変わってるんですか日本酒、みたいな感じで。酒蔵見学まで来られる方もいっぱいいてですね」

海外でも、日本のアニメ人気は強い追い風だ。

「現地に行くと、どこの国でも日本のアニメに興味を持ってる方がむちゃむちゃいて。国によっては年に何回もアニコン、コミコンでコスプレして応援している方がたくさん見えますので、そういったコンテンツも使いながらやっていくと、より海外輸出も増えてくるかなと」

──伝統か、邪道か。蔵の答えは「新しい飲み手が、ちゃんと日本酒を覚えてくれるかどうか」にあるようだ。

三重の寒梅のおすすめの飲み方──「飲む人が決めるのが一番正解」

──おすすめの飲み方や、合わせてほしい料理はありますか?

「大きくは『この酒はこれに合わせてくれ』っていうのは、僕は言わないようにしてまして。正直、消費者の方々が『これと飲んだらこの食事と合う』っていうのが、僕は一番正解だと思ってはおるんですよ」

そのうえで、蔵からの提案はこうだ。火入れの酒はどの温度帯でも楽しめ、温度によって香りと味わいが変わるので、一本で何通りもの表情を楽しめる。手軽に合わせるなら刺身や、たこわさ・ホタルイカの沖漬けのような珍味。熱燗にはおでんを合わせて、酒に少しおでんの汁を注ぐ「出汁割り」もおすすめだという。飲食店から「この酒に合うペアリングメニューを考えてほしい」と頼まれた時には、その店でしか出せないメニューと、一般の家庭でも作れる料理の2つを提案するのが流儀だ。

飲み方の自由度についても、驚くほど開かれている。

「今は大手さんも『酒ハイ』とか言うぐらいで。うちの酒は全然そういう飲み方してもらって、逆に消費者から教えてもらうこともありますんで、どんどんいろんな飲み方してもらえると嬉しいなと思います」

実際、消費者の一言が新商品につながった。

「『ガスを入れるとちょっとお酒が甘くなるような気がするな』みたいなご意見から、今回スパークリングを作ったりとか。本当に些細なことでも、何かヒントになることは絶対隠れてると思うんで」

一方で、いまの日本酒シーンがフレッシュでフルーティーな味に偏っていることには、老舗としての問題意識もある。

「日本酒は腐らない、消費期限はないっていうところは先代の思いもあって、僕自身伝えていきたいなっていうところはあります。今、日本で一番古い市販酒っていうのを弊社が持ってるんですけど、そういった熟成酒の深みも、合わせて何か伝えていけるといいのかなと思ったりしてます」

──約160年続く蔵だからこそ語れる、「時間」という日本酒の魅力。フルーティー一辺倒のトレンドの先を、この蔵はもう見ている。

地元の原料、地元の雇用──三重・川島のオンリーワンの地酒へ

経済のグローバル化で東京への一極集中が進み、企業の地域貢献が希薄になりがちな時代。丸彦酒造は「地元の原料」「地元の雇用」「地元への納税」という、地場産業としての地元への貢献を長年果たしてきた。地酒を造るということは、地元の水と米を使う以上、地域への貢献なくしては語れない──それがこの蔵の考え方だ。ナンバーワンを目指すのではなく、客ひとりひとりにとってのオンリーワンの酒造りを目指し、「寒梅」の名にふさわしい、精神的にゆとりのある豊かな味を造り続けている。

後継者難に揺れる業界でも、その視線は前を向いている。三重県内の蔵同士の連携について尋ねると──

「まずは前向きな話で、三重の地酒をもっと盛り上げていこうっていうことができるのが一番ベストやとは思いますね」

──自社だけでなく、三重の地酒全体を盛り上げる。7代目の視野は蔵の外にも広がっている。

「日本酒ってこんなかっこいい飲み物なんやで」

ビール、焼酎、ワイン──数ある酒のなかで、日本酒は日本でつくられた「國酒」であり、まだまだ可能性に満ちあふれている。藤原さんがこの業界に入ったきっかけは、「若者やお酒が苦手な方に、1番最初に日本酒を試してほしい。正しい知識で正しい飲み方をすれば、日本酒の良さがより分かる」という思いだった。だからこそ、蔵の挑戦はこれからも続く。今期は新潟産の古代米を使った酒も登場予定。「三重県内の酒蔵がやっていない酒質」「消費者があっと驚くような酒」を、毎年のチャレンジ目標に掲げる。

「興味がない方にもっと日本酒の良さを伝えていって、今後の若い方の子供であったり、またその次の世代に、『日本酒ってこんなかっこいい飲み物なんやで』みたいなことが語り継がれるような仕組みを作っていけたらなっていうのは思っています」

──「おじいさんの酒」と言われた蔵は、いま「こんな酒も作れるんだ」と言われる蔵になった。伝統の味わいと技法を守る手と、あっと驚かせる手。その両方を持つ7代目の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

丸彦酒造の銘柄一覧・口コミは丸彦酒造の酒蔵ページへ。自分に合う日本酒のタイプはSKNM診断(無料・3分)で探せます。毎月新しい蔵と出会いたい方はSIPORYサブスクもどうぞ。