東京23区とほぼ同じ面積に、人口約3,000人。冬は3メートルの雪が積もる福島県只見町で、2016年、米農家たちと酒造りの職人が蔵を立ち上げた。合同会社ねっか。輸出用清酒製造免許の「第1号」を取得しながら、ALPS処理水の風評で香港向けの契約が全撤去──その逆境を、「一滴でリキュールになる」特許製法の清酒リキュール「HOBO(ほぼ)」で乗り越えようとしている。代表の脇坂斉弘さんに話を伺った。

東京23区と同じ広さ、人口3,000人──福島県只見町の蔵「ねっか」

ねっかの創業は2016年。日本酒の蔵としては異例の若さだが、その始まりには明確な理由がある。代表の脇坂斉弘さんは、もともと隣町の蔵で「花泉」「ロ万」といった日本酒を長く造ってきた造り手だ。そこで出会った只見町の米農家たちから、声がかかった。

只見町は、東京都23区とほぼ同じ面積に人口約3,000人という、広大で小さな町だ。農家たちは、この土地の農業を守るために酒米を広げたいと考えていた。五百万石や夢の香は収穫時期がコシヒカリとずれるため、同じ人・同じ機械でより広い面積を管理できる。そして、もうひとつ。

「冬はここ、3メートルくらい雪が積もるので、冬の雇用がないんです。酒蔵ができれば冬の雇用も生み出せるんじゃないか、ということで私に声がかかって、一緒にやろうと始まりました」

米づくりから醸造・蒸留までを自社で一貫して行い、米は全量が只見産・自社圃場(JGAP認証)。ノンマイクロプラスチック肥料を使う。「米農家の蔵」であることが、この後のすべての物語の伏線になる。

輸出用清酒製造免許「第1号」──香港8,000本、全撤去からの再起

いま、日本酒(清酒)の新規製造免許は原則として下りない。ねっかはまず特産品焼酎免許を取得し、米焼酎「ねっか」の蔵として歩み始めた。そして輸出用に限る清酒製造免許の制度ができると、その「第1号」として取得。1年更新の期限付き免許から始まり、毎年の品質検査をクリアして、永久免許へと切り替わった。海外へ、正真正銘の日本酒を出せる蔵になったのだ。

「香港を中心に8,000本の契約をいただいて、輸出用の日本酒を出荷していたんです。ところが、ALPS処理水の海洋放出によって『福島県のものは買えません』となって、棚から全撤去になりました」

輸出用免許の日本酒は、国内に流通させることができない。輸出先を失えば、行き場がなくなる。普通なら、ここで心が折れる。だが脇坂さんは、米農家ならではの発想で答えを見つけた。

一滴でリキュールになる──清酒リキュール「HOBO(ほぼ)」の誕生

「日本酒にレモンを入れれば、日本酒ベースのレモンリキュールですよね。それと同じように、私は米農家なので、米から作ったものをアフターブレンドしたら日本酒じゃなくなるんじゃないかと。税務署に『これはどうなんですか』と一つずつ投げて、返ってきた回答が『それはリキュールです』。一滴でも入ればリキュールなんです」

まず、普通に日本酒を造る。そこに、別に仕込んで搾った甘酒をアフターブレンドする。もろみに甘酒を入れれば「甘酒四段仕込み」という日本酒の製法だが、搾ってから加えると、カテゴリーは清酒からリキュールに変わる。原料はどこまでも米だけ。それなのに、法律上は日本酒ではない──だから国内で売れる。この製法でねっかは特許を取得した。

生まれた清酒リキュールの名は「HOBO(ほぼ)」。文字どおり「ほぼ日本酒」だからだ。ベースになるのは、日本酒コンテスト「Hong Kong Tasting Trendies® Sake Awards 2024」でベストカテゴリーを受賞した輸出用大吟醸。そこに自社製の米焼酎と搾り甘酒を加える。

「これのすごいところは、瓶1本からフレーバーを変えられるんですよ。辛口が合うというお店には辛口に、甘口がいいと言われれば甘酒を足して甘口に。1本単位で味を設計できます」

どこまでいっても、米──精米歩合60%で統一するという発想

HOBOのもうひとつの核心が、添加するアルコールまで自家製だという点だ。一般的なアルコール添加には廃糖蜜などから造られる無味無臭の醸造アルコールが使われることが多いが、ねっかは酒米・五百万石を精米歩合60%まで磨いて醸した自社の米焼酎を使う。江戸時代から続く「柱焼酎」の技術の現代版だ。

「私たちの米焼酎は、吟醸香が日本酒の3倍くらい出ている焼酎なんです。これを添加することで、風味が劣化しない日本酒になる。そこでも特許を取っています」

評判を呼んだ吟醸タイプのHOBOでは、ベースの日本酒が精米歩合60%の五百万石、添加する米焼酎も精米歩合60%の五百万石、甘酒も精米歩合60%の五百万石──すべてを統一した。

「どこまでいってもお米しか使っていないし、精米歩合も60%までいっている。本当に吟醸だよね、と。今年は大吟醸から普通酒に至るまで、精米歩合で統一したものを造ろうと思っています」

アルコール添加の技術には賛否があることも、脇坂さんは知っている。それでも「私は技術だと思っている」と言い切る。粕取り焼酎を使えば粕の香りがつく。ならば、日本酒以上に香る米焼酎を自分で造って添加すればいい。発想は、常に技術の側にある。

室温40度で30日──海外で崩れない酒をつくる

なぜ「風味が劣化しない」ことにこだわるのか。答えは、ねっかの主戦場が海外だからだ。

「日本には、家庭にも飲食店にも小売店にも冷蔵庫がありますし、皆さん日本酒の知識がある。でも海外はそれができないんです。だったら、ちゃんと強い日本酒を造ろうというのが、そもそも私たちのベースにあります。海外で、いかに日本国内と同じ味わいを維持できるか。そこに特許を取っているんです」

その裏付けとして、室温40度で30日間の強制劣化試験を実施し、品質が保たれることを確認した。福島県の技術支援機関・ハイテクプラザとの共同実験だ。輸出先はアメリカを中心に、EU、シンガポールなどへ広がっている。米焼酎「ねっか」とセットで提案できることも、この蔵ならではの強みだ。

ちなみに、リキュール製法の特許には、もうひとつの意味が込められている。

「特許は20年間の保護なんですね。20年後にはまさか、普通に免許を出しているでしょう、という意味合いも込めて特許を取ったんです」

いつか新規の清酒製造免許が解禁される日まで、技術を守りながら待つ。逆境をユーモアに変える、この蔵らしい答えだ。

「日本酒」という言葉を、正しく使う

新しいカテゴリーの酒を造っているからこそ、脇坂さんは言葉の使い方に厳格だ。

「日本酒はGI認証(地理的表示)を取っている言葉です。日本の米と日本の水で、日本国内で造ったものが日本酒。だから、それ以外のお酒を日本酒と呼んではいけないし、日本酒のカテゴリーに入れるのは事実誤認につながるんです」

その基準は自分たちにも向く。HOBOは「清酒リキュール」であり、日本酒とは名乗らない。米しか使っていなくても、だ。海外では「SAKE」の下に産地が並ぶのが当たり前になりつつある──ワインの棚にチリやオーストラリアが並ぶように。だからこそ、日本酒=ジャパニーズサケという言葉の輪郭を、日本人自身が曖昧にしてはいけないという。

米焼酎にも、同じ問題意識がある。海外では日本の焼酎が「ソジュ」のカテゴリーに並べられてきた歴史があり、ニューヨーク州とカリフォルニア州でようやく「SHOCHU」と名乗って販売できるようになった。国内でも「米焼酎を初めて見ました」という若い飲み手は多い。缶チューハイの「チュー」が焼酎だと知って、初めてつながる人もいる。

「日本酒も焼酎も、アルコール自体が生活から離れてしまっているのが根本にあると思うんです」

だからこそ、まず知ってもらう。飲んでもらう。ねっかは蒸留酒と醸造酒の両方を持つ蔵として、通常の酒蔵の倍ほどのイベントをこなしながら、接点をつくり続けている。

目的は、田園風景を守ること

取材の終盤、脇坂さんは会社の目的をこう言い切った。

「うちの会社の目的は、地域の田園風景を守ることなんです。その手段として、おいしいお酒を造る。おいしいお酒を造ることが目的で、手段として地域づくりをする蔵は多いと思いますが、目的が地域という蔵は、ほぼないと思います」

だから、時間軸が長い。脇坂さんが町長や地元の経営者たちと語り合っているのは、100年後の話だ。

「これだけ自分の時間を削って、借金をしてやっているのに、10年20年で終わるような会社にはしたくない。100年もたせたい。そのときにこの町が残っていなかったら、やっている意味がないんです。自分の子どもがここで子育てをして、その子どもが帰ってこられる環境──それがだいたい3世代、100年なんです」

病院があり、学校があり、いろいろな事業者が一緒に成り立っている町。ひとつの蔵の独り勝ちではなく、町ごと残す。酒蔵の話をしているはずなのに、いつの間にか町の未来の話になっている──それがねっかの取材だった。

長男は大学を卒業し、去年から蔵で働き始めた。次男も酒の勉強をしているという。

「戻ってくるかどうかは、子どもたちの自由だと思っています。でも、戻りたいと思わせるのが親の責任だと思っているんです」

土地ごと、好きになってもらう

最後に、いま伝えたいことを尋ねると、業界全体への提言が返ってきた。昨年、全国で酒米の不足が問題になった。米農家として蔵を営む脇坂さんには、その根っこが見えている。

「日本酒は、テロワールが弱く、人の技術のウェイトが大きいお酒だと思っています。それでも世界と戦っていくなら、テロワールや地域というところにもう少しフォーカスして、自分たちの原料にも重きを置いてほしい。飲んでくださる方にも、『福島県のお酒っておいしいよね』だけではなくて、福島という土地も含めていいと思ってもらえる──そういう見え方をつくっていけたらと思います」

米を育て、雪の町に雇用をつくり、特許で道を拓き、100年先の田園風景を見ている。「ほぼ日本酒」という愛嬌のある名前の奥には、日本酒の未来についての、とても真剣な問いが詰まっている。

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