銘柄名は、当家3代目・渡部開当(はるまさ)の名からとられた。1716年(享保元年)創業、福島県南会津町の開当男山酒造は、現当主で14代目を数える老舗だ。モットーは「名脇役になること」。豪雪の寒冷地で、超軟水の井戸水と地元の酒米を使い、低温長期発酵で“日常に寄り添う酒”を醸し続ける。全国新酒鑑評会金賞をはじめ受賞歴も数多い南会津の蔵に、変わらない流儀とこれからの挑戦を伺った。
「記事にできる内容があるか分からない」と、その人は言った
取材の冒頭、画面の向こうの担当者は少し戸惑った様子でこう言った。「記事にできることの内容があるか、分からないんですけれども」──。
とんでもない話である。目の前にいるのは、1716年(享保元年)から300年余り、14代にわたって酒を造り続けてきた蔵の人だ。徳川吉宗が将軍になった年に生まれた造り酒屋が、令和の今も同じ土地で酒を搾っている。それだけで、語るべきことは山ほどある。ただ、この蔵の人たちは、それを声高に語らないだけだ。
その控えめさは、後で分かるのだが、この蔵の酒造りの哲学そのものだった。
銘柄「開当男山」の由来──3代目・渡部開当の名を継いで300年
福島県の南西端、県内でも有数の豪雪地帯として知られる南会津町。開当男山酒造はここで、会津の山あいの暮らしとともに300年を過ごしてきた。
「開当男山」という一風変わった銘柄名は、造り酒屋としての礎を築いた当家3代目・渡部開当(はるまさ)の名前からとられた。日本酒の銘柄には縁起の良い言葉や土地の名を冠するものが多いなかで、人の名前がそのまま酒の名になり、300年呼ばれ続けている例は珍しい。ラベルに刷られた四文字が、そのまま家の歴史であり、当主が代替わりするたびに引き継がれる看板でもある。現当主で14代目──「開当」の名に恥じない酒を、という重さを、この蔵は300年背負い続けている。
超軟水の井戸水と低温長期発酵──開当男山の酒造りの特徴
酒米は、地元・南会津産の「夢の香」、福島県産の「福乃香」など、福島生まれの酒造好適米が中心だ。仕込み水には、蔵の井戸から汲む超軟水を使う。ミネラルの少ない軟水は発酵がゆっくり進むとされ、きめ細かくやわらかな酒質を生む。もともと穏やかに進む発酵を、南会津の寒さがさらにじっくりと進める──寒冷地という土地柄を活かした低温長期発酵こそ、この蔵の造りの核だ。
雪に閉ざされる冬は、酒造りにとっては恵みになる。低温でゆっくり醸された酒は、突出した香りで驚かせるのではなく、バランスで飲ませる酒になる。公式のメッセージにも、こうある。
「享保元年創業より、寒冷地のめぐまれた風土と清らかな水を生かし、味を求めてひたすら酒造りに取り組んでおります」
“ひたすら”の中身は、受賞歴が物語る。全国新酒鑑評会の金賞、IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)の金賞、そして全国燗酒コンテストの最高金賞。冷やして良し、燗にして良し──飲み方を問わず評価されてきた蔵だ。
モットーは「名脇役になること」──日常に寄り添う日本酒
この蔵の酒造りの哲学を尋ねると、返ってきた答えは一言に凝縮されていた。
「モットーは“名脇役になること”です。どんなシーンでも、いつでも傍らにあって飲み手に寄り添えるお酒を目指して、際立った特徴を感じさせないよう、バランス良く仕上げています」
フルーティーな香りを競い、インパクトで記憶に残ろうとする日本酒が増えた時代に、あえて「際立った特徴を感じさせない」ことを目指すという宣言は、むしろ際立って聞こえる。
考えてみれば、名脇役ほど難しい役どころはない。主役は、料理であり、食卓を囲む人であり、その日の時間だ。酒はその傍らにいて、邪魔をせず、しかし居ないと何かが物足りない──毎晩の晩酌で「今日もこれでいい」と選ばれ続けるには、一口目の派手さではなく、飲み飽きしない設計と、崩れないバランスが要る。全国燗酒コンテスト最高金賞という勲章は、日常の食卓・燗という最も生活に近い飲み方で強い酒であることの証明であり、名脇役宣言の裏付けでもある。
ペアリングの提案も、肩の力が抜けている。純米吟醸「南山」はチーズにぴったりだという。300年の老舗の蔵からチーズという言葉が出てくる──名脇役の酒は、和食の枠に飲み手を縛らない。好きなものと、好きなように合わせればいい。
花酵母の日本酒という挑戦──蔵人の研究が商品になった
伝統を守る一方で、新しい試みも続けている。その一つが、花から分離された酵母「花酵母」で醸す酒だ。
「僕、学生の頃、花酵母の研究をしたんですよ」
そう話してくれた担当者が中心となり、3年前に花酵母の酒を開発した。学生時代の研究テーマを、300年の蔵の商品として自らの手で形にする──蔵人のキャリアとしてこれほど幸福な回収はなかなかない。この蔵は毎年のように新しい商品開発に取り組んでおり、話題のフックになるような一本を模索し続けているという。守るものがはっきりしている蔵は、変わることを恐れなくていい。
南会津のふるまいイベント──若い飲み手には、蔵から会いに行く
開当男山酒造は、地域との距離が近い蔵でもある。年に数回、町内の酒蔵数軒と合同で、近隣住民向けにお酒のふるまいイベントを開催している。300年変わらず、まず地元の人に飲んでもらう──地酒の原点のような光景だ。
面白いのは、20代・30代限定のお酒のイベントも自分たちで開いていることだ。日本酒の飲み手の高齢化が言われて久しいが、この蔵は嘆く代わりに、次の世代との接点を自らつくりにいっている。県内外の日本酒イベントにも年間10回以上出展し、ブースの向こうから新しい飲み手の顔を見続けてきた。
流通の中心は福島県内。全国どこでも買える酒ではない。だが、それは裏を返せば、南会津を訪れる理由が一つ増えるということだ。尾瀬や会津の山々への旅の傍らに、300年地元の食卓を支えてきた“名脇役”を置いてみてほしい。
取材の最後、読者へのメッセージを求めると、返ってきた言葉はこの蔵らしく簡潔だった。
「日常に寄り添う酒を造っています。ぜひ一度お試しください」
名乗りは控えめに、酒はひたすら真面目に。「開当男山」の四文字には、300年分の“ひたすら”が詰まっている。
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